福島地方裁判所 昭和24年(レ)11号 判決
控訴人は、原判決を取り消す。被控訴人(申請人)と控訴人(被申請人)間の平簡易裁判所昭和二十四年(ト)第六号仮処分命令申請事件につき同裁判所が昭和二十四年五月十七日発した仮処分命令を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の供述、疎明の提出、その認否は、原判決当該摘示と同じであるから、ここにこれを引用する。
なお、控訴人は、原審における控訴人の主張を一層明確にするため、本件仮処分の取消を求める異議の理由及び特別の事情について次のとおりのべた。
第一に、本件仮処分は、必要の限度を逸脱している。
本件仮処分の内容は、本件農地に対する控訴人の占有を解き、これを被控訴人の委任した福島地方裁判所執行吏の占有に移す。控訴人は、右農地に立ち入つて、耕作などをしてはならない。執行吏は、右農地につき適当な措置を採ることができるというのであり、執行吏は、これが耕作を被控訴人に許した。しかし、本件農地の売渡を受けた被控訴人の本案訴訟は、右所有権に基き、控訴人に対しその引渡を求むべきものであり、且つこれを以て足るのである。元来、仮処分は、これを許さなければ、係争物に対する現状の変更により、権利の実行をすることができず、またはこれをするのに著しい困難を生ずる恐れあるときに限り許されるのである。ここに権利の実行というのは、最終的実行、即ち強制執行を指すものであることは、仮処分が強制執行を保全するものであることに徴し、極めて明らかである。ところが、これまでに本件農地を賃借耕作してきた控訴人が、耕作を継続することを目して、係争物に対する現状を変更するものということはできないし、また耕作を継続したからとて、農地引渡の執行が不能になるわけでもない。将来耕作を不能にするような農地の変更変質を防ぎ、または引渡などを困難にすることを防ぐ仮処分ならとにかく、控訴人の占有を解いて、その耕作を停止し、被控訴人に新に耕作を許すが如き仮処分は、被控訴人に勝訴の確定判決を得たと同様な満足を与えるもので、全然仮処分の目的を逸脱する違法のものである。ことに本件仮処分は、仮の地位を定める仮処分でないから、その行きすぎであることは、一層明らかである。
第二に本件仮処分は、次のような特別の事情があるから、取り消されるべきものである。控訴人は、十数年来本件農地の耕作を継続してきたのに、本件仮処分により、にわかに耕作を禁じられ、単にその收穫をみることができなくなつたばかりでなく、家業全般に一大衝撃を受け、その被むる損害は著大である。これに反し、本件仮処分の取消によつて被控訴人の被むるべき損害は、控訴人の右損害に比し、著しく軽微であり、しかもその損害は、金銭的補償を受けることによつて、その終局の目的を達することができるものである。それゆえ、もし控訴人の異議が理由ないときは、右特別事情に基き、控訴人に保証を立てることを条件として、本件仮処分の取消を求めるものである。
三、理 由
控訴人が、本件農地につき賃借権を有していたこと、本件農地の所有名義人であつた訴外金成増彦が、財産税のためこれを物納したことによつて、昭和二十二年八月その所有権を政府が取得したが、訴外上遠野村農地委員会は、右農地につき売渡の相手方を被控訴人とする売渡計画を定め、福島県知事は、右売渡計画により、昭和二十三年十一月一日売渡の相手方を被控訴人、売渡の時期を同年一月十日とする売渡通知書を被控訴人に交付したこと及び本件仮処分決定を被控訴人が執行したことは、当事者弁論の全趣旨で明らかである。
右認定の事実によれば、本件農地の所有権は、昭和二十三年一月十日被控訴人に移転し、同時に控訴人の前示賃借権が消滅したことは、自作農創設特別措置法第二十一条第一項、第二十二条の規定に徴し極めて明らかであるから、被控訴人は、その所有権を完全に享有することができ、同時に控訴人は、これを使用收益する権限を失つたわけである。
控訴人は、本件売渡計画は、被控訴人を利するため、故らに定められた違法な処分であるから、控訴人は、これに対し、異議訴願と順次不服を申し立て、訴願の裁決をまたずに、その取消を求める訴を提起して、係属中であるから、売渡処分は、未だ確定しない。仮に確定したとしても、控訴人の右農地の占有は左右されるものではないから、被控訴人は、控訴人に引渡を命ずる判決の執行によつて、その占有を取得すべきであり、本件仮処分で、控訴人の占有を奪取する目的を達しようとすることは許されないと主張するが、売渡処分による所有権の移転、賃借権の消滅は、前に述べたとおりであつて、控訴人が、右売渡処分等に対し、その取消を求める訴を提起しても、叙上の法律関係に変更をきたす旨の何等の規定もないから、控訴人は、依然売渡の時期においては賃借権を失つたことにかわりはなく、売渡処分のあつたことを知りながら、なおその占有を継続するときは、それまで適法であつた占有は、じ後不法占有となる。そして、本件仮処分決定は、本件農地に対する控訴人の占有を解き、これを被控訴人の委任する執行吏の保管に付し、あわせて控訴人の立入を禁止したものであるから、その執行によつて、公法上の占有は執行吏がこれを取得することになるが、これがために、被控訴人において、控訴人の占有を奪つたものということはできないから、控訴人の主張は、採用しない。
次に、本件仮処分が、保全の目的を逸脱する不法のものであるかどうかを考えるに、本件仮処分申請は、本件農地の所有権が被控訴人に移転し、従つて被控訴人にその耕作権あることを理由とするものであるから、本件は、むしろ耕作権なる継続の権利関係に関する仮の地位を定める仮処分である、ということができる。ところで、仮の地位を定める仮処分は、係争の権利関係につき著しい損害を避け、若しくは急迫な強暴を防ぐため、またはその他の理由によつて、これを必要とするときに限つて許されるものであり、裁判所は、その意見をもつて申立の目的を達するに必要な処分を定めるべきものであることは、法の明定するところであるから、これを必要とする理由のいかんによつては、本案の勝訴判決が執行されたと同様な結果となる仮処分を命じても、一概に不当であるということはできない。もちろん、そのこれを必要とする理由は、当事者双方に存する諸般の事情を総合勘案して、合目的的にこれを判断すべきはいうまでもない。自作農創設特別措置法の目的は、耕作者の地位を安定する等のため、自作農を急速且つ広汎に創設し、土地の農業上の利用を増進して、農村における民主的傾向の促進を図るにある。その要請に答えて、同法第四十七条の二第二項は、いわゆる抗告訴訟の提起は、同法による行政庁の処分の執行を停止しない旨を規定している。けだし、抗告訴訟の提起にかかわらず、じ後の行政庁の処分を可能にするとともに、行政処分に基く効果を急速に実現せんがために外ならない。被控訴人は、同法の規定による売渡処分によつて、本件農地の所有権を取得したものであるから、速やかにその行使ができるようにするのが、同法の目的に合致するゆえんである。このように考えると、本件仮処分は、必ずしも保全の目的を逸脱したものということはできない。
次に、本件仮処分を取消すべき特別の事情があるかどうかを考えるのに、控訴人は、本件仮処分が維持されることによつて、控訴人の被むる損害は、これを取り消されることによつて被控訴人の被むる損害に比し、著しく大きいと主張するが、右事実を認めしめる資料がない。更に、控訴人は、被控訴人が、本件仮処分によつて保全しようとする利益は、結局金銭的補償を受けることによつて、その終局の目的を達し得るものであると主張するが、措置法の前掲目的のもとに、本件農地が被控訴人に売り渡された事実を合せて考えるとき、本件仮処分の被保全利益は、単に金銭的補償のみによつて、その終局の目的を達することができないものと認めるのが相当である。これを他の観点からみるとき、行政処分の停止を求めるためには、行政事件訴訟特例法第十条第二項の規定に従い、先ず抗告訴訟を提起すること、処分の執行により生ずべき償うことのできない損害を避けるために緊急の必要があることなどを要するにかかわらず、売渡処分によつて所有権を取得した者が、それによつて賃借権を失つた従前の賃借人に対し、立入禁止の仮処分を得た場合、右債権者が保全しようとする利益は、結局金銭的補償を受けることによつて、終局の目的を達することができるものとして、これを取り消すべきものとするときは、特例法の規定によつて、売渡処分の執行の停止を求めることができないときでも、私法関係においては、右売渡処分によつて取得した所有権の行使をたやすく停止することができるようになつて、彼此甚しく権衡を失するにいたり、特例法第十条第一項、措置法第四十七条の二第二項の規定の意図したところを全く没却するような結果を招来する。いかに執行停止と民事訴訟の仮処分とでは、その手続や要件を異にするとはいえ、行政訴訟ではその処分の執行の停止ができないのに、民事訴訟では、右処分によつて与えられた私権の行使を暫定的であるにしても停止することになつて、その間に矛盾を感ずる。控訴人は本件売渡処分によつて、本件農地に対する賃借権を失つたのであるから、右処分が当然無効であるとか、または特例法第十条第二項の規定による執行停止の決定があるときは格別、そうでないときに、なお特別事情の有無を審査して、これに保護を与える必要があるであろうか。従来特別事情による仮処分の取消申立事件においては、単に特別事情の有無のみを判断すべきものであつて、債権者や債務者の実体上の権利の有無については、審理判断すべきものでないとされているが、これは、係争の権利関係が未確定で、争のある場合に限る趣旨であろう。債務者が、その権利の消滅をみずから認めるときとか、当事者間に争のない事実によつて、直ちに債務者の権利が法律上当然に消滅したことが明らかなときは、特別事情の有無を判断するまでもなく、申立を棄却すべきではあるまいか。本件売渡処分は、当然に無効のものというのでもなく、またその執行停止の決定もないのであるから、控訴人の本件賃借権は、右売渡処分が効力を生ずると同時に直ちに消滅したことは、措置法の規定に照らして明らかであり、たとえ、控訴人が右処分の取消を求める訴を提起しても、これを取り消す旨の判決が確定しない以上、右賃借権が消滅したことに変りはないのである。もちろん、右取消訴訟の帰すういかんによつては、控訴人は賃借権を失わなかつたことになるかも知れないから、右賃借権の消滅は、未だ確定不動のものであると断定することは許されない。控訴人のかような法的地位も法律上の保護に値するものではあろうか、その取り消されるや否やは、将来の問題に属する。そして、行政処分は、何人も一応有効なものとして取り扱わなければならないのであり、従つて控訴人の賃借権は、現在においては消滅しているのであるから、これに保護を与えるためには、売渡処分の取り消される見込が相当確実であることを要するものと解する。然るに右確実性をうかがわしめるような資料はないのであるから、本件は、特別事情の有無を判断するまでもなく、申立を棄却してもよい事案であると考える。
従つて、控訴人の申立を排斥した原判決は、相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 斉藤規矩三 黒江清 唐松寛)